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流しとKitchen
2017年6月15日

金澤syugenのお着付けの先生の鶴ママと
長町の武家屋敷跡あたりを散策しました。



雨のあとの大野庄用水は水かさが増して勢いがありました。
鬼川と呼ばれているそうです。




「旧加賀藩士高田家跡」です。
長屋門は、大名家や上級武士にのみに許されたそうです。




大野用水から水を引き入れて
作られた池泉回遊式庭園が立派なことです。




厩(馬小屋)は、今の季節でも中はひんやり、
冬はどんなにか冷えたろうな・・・・
仲間部屋も敷地内にあって
江戸時代の上級武士は、奉公人と
一緒に生活をしていたようですね。


続いて、用水沿いを歩いて「足軽資料館」の
「清水家」と「高西家」も見学しました。
幸町から移築した館とのことです。
幸町や菊川のあたりは下級武士が住んでいたそうです。
 


私が育った近くに「思案橋」という小さい橋があって
そこは、仕事帰りの武士が
「いっぱい飲んで帰ろうか、このまま帰ろうか」と
思案したからこの名前がついたのだと
その昔に、聞いたことがありました。 


「流し」です。



冬は、水仕事が寒かったろうな。
台所を「流し」という言うのは、金沢弁なのだそうですね。
自分では使いませんが、確かに両親は「お流し」と
言っていた気がします。
(標準語での「流し」はシンクをさすようです)
余談ですが、坊主の小さい頃(ECCジュニアの
園児コースに行っていた頃)料理のレシピを紫色の
ファイルに綴っていたのですが、そのファイルのことを
話した時「あー、キチン(Kitchen)にある
パープゥー (Purple)の?」と
坊主が言ったことあります。
今の子はキッチンと言うほうが自然なのかもしれませんね^^。




かまどで炊いたご飯きっと美味しいのでしょうね。




夏はどうやって調味料など保存したのかしらん。
 



茶の間がせまいせまいせまいのです。
納戸で眠っていたということですがその部屋もせまいのです。


こんな風になにもかも小さいお家なのですが
驚くことに厠(トイレ)だけは家人用と客人用二つあるのです。
武家文化のおもてなしなのだそうで
お客用は、広く天井も高いつくりになっているそうです。




鴨が泳いでいるのですがこの子が可愛らしかったです。




鈴蘭の花が清らかに咲いていました。


「旧加賀藩士高田家跡」「足軽屋敷」どちらも
嬉しい無料です。
街並みをそぞろ歩いて加賀百万石の
歴史をちょこっと体感できます。

 
追記
今、坊主に「流しってなんのことかわかる?」と聞くと
「ギター持って飲み屋をまわって歌う人のこと?」と^^;
長町散策は明日に続きます。

投稿者 金澤syugen : 2017年6月15日 カテゴリー: 加賀百万石の習わし, 和ごころ文化 | コメントはまだありません »

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