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「廓のおんな 金沢名妓一代記」
2018年10月23日

ずっと読みたかった井上雪さんの
「廓のおんな  金沢名妓一代記」を読みました。



時代小説が好きで吉原や京都の
花街のお話には多く出会い
岩下尚史さんの随筆でも
新橋や深川、赤坂などなど
地域によって芸者さんの
営業の形態が違い
時代によっても役割が変わった
ことなども知り金沢の遊郭に
ついて書かれたものを探していました。


きぬさんも本が好きだったそうです。
「芸者は新聞や本を読んだら
恐ろしい人間になる。旦那さんが
つかなくなる」と禁じられ
読み書きを覚えることも嫌がられたため
泉鏡花を隠れて読んでいたと言うのです。
知恵がつくことを女将は嫌ったようです。


13歳の時にロシアの俘虜に
「オジョサン」と生涯に一度だけ
呼ばれてお嬢さんは良家の
子女をさす言葉だったから
胸が高鳴ったと言うのです。
そして、17歳で初めて横山邸で
お雛さんというものを見たと
書かれていてせつなくなりました。


明治から昭和までの世相
時代の移り変わりが描かれています。
金沢の町にロシア人の俘虜が
大勢いて(天徳院に300人も入れるんだ!)
随分と大切にされたようです。
金沢駅から出発する汽車を野町まで
見送りの人が連なっていたというのを
頭の中で想像しました。
元旦は日本髪を結い毘沙門さん
(宇多須神社さん)に黒留でお参り、
続いて挨拶まわりをしたそうです。
兼六園に屋形船が浮かび
霞ケ池を一周したなどなど
そんな時代があったんだと
セピア色の風景を思い浮かべながら
読み進めました。


母の世代というより祖母が使っていた
金沢弁の話し言葉で語られていて
それは、今の濁音が多い金沢弁ではなく
まあるい響きのある言葉で
今はまず聞くことのなくなった
「はしかい(賢い)」
「はごたえ(口ごたえ)」
などなど懐かしい方言に
タイムスリップした気分でした。


その昔の金沢の風習や暮らしなども
うかがい知れてオススメです。

投稿者 daifuku : 2018年10月23日 カテゴリー: 気まま図書館 | コメントはまだありません »

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